2022年8月8日月曜日

Knappe Berürung制作ノート

Knappe Beruerung(Critical Touch, 2021)
 《Knappe Beruerung》(2021)は2021年5月に完成し、10分のヴィデオ作品として同月デンマーク、コペンハーゲンの音楽祭で初演された。ドイツ、フライブルク在住のピアニスト、中村麗の依頼で彼女の書籍出版にあわせた企画として、複数の映像作家が中村の演奏を視覚化し、映像作品として残すという趣旨で、小生も参加することになった 。本作に至る経緯として、作者のヴィデオ・モニターのフレームと身体の関係を綴ってきた拙作《Living in the Box: Dimension》(2007-2013)がある。このシリーズは発表の機会を経る度に変化・変奏されており、この機会に忘備録として一連の流れについて記しておきたい。

 シリーズは習作のSD版として小型のモニター(これ自体は2005年のエロディ・ポン展で使用したものを流用)を縦においたものを恵比寿のアートスペースで展示しており、その後同習作版はVCTから出版したコンピレーションDVDにも収録された 。 そしてさらに発展版のインスタレーション《Living in the Box:Specimen》(2007)が目黒区美術館の企画展「目黒の新進作家-七人の作家、7つの表現」で展示された。この時は出演してくれた伊逹麻衣子と大江直哉とともにインスタレーションの前でパフォーマンスを行っている 。この後HD版のシングルチャンネルが作成され、ドイツ、メキシコ、インドネシア、フランスでの展示やイベントに出品された。大江伊達らとツアーした2009年にはベルリンでライヴパフォーマンス、またフランクフルトで開催された日本映画の映画祭Nippon Connectionのオープニング・アクトを行っている。
 この流れとは別に2013年にはドイツのカールスルーエにあるZKMでのコンサートにて、渡辺裕紀子作曲の《Living in the Box II for piano》が中村麗によって演奏された。

 身体と箱のモチーフは早くには2003年に渡独した際、ZKMの企画展で見た画面の中の人物がモニターの内側をハンマーで叩き、ブラウン管モニターのフレームを強く意識させるゴットフリート・ベヒトールドのヴィデオ作品《test1》(1971)や、隣接するカールスルーエ造形専科大で研修した際にみた同窓生であったイーノ・ヘンツェの「無題・箱」(2000年)に触発されて、ヴィデオ・メディアが宿命的に持つ特異性であるモニターのフレームを何かの形でモチーフにしたいという願望からスタートしている。帰国後、ふと見に行ったダンスパフォーマンスでひと際目立っていたダンサー、伊逹麻衣子に出演依頼をして、彼女を当時小生が務めていた映像の専門学校のスタジオで同校の学生だった大江直哉や他の学生を巻き込んで、学校機材でいち早く取り入れられていたHDVハイヴィジョンカメラを使用して実験的に撮影がはじまった。撮影用の箱のセットは各体のパーツに合わせて、順番に制作され、箱が出来上がる度に伊達に来てもらって、撮影を追加していった。

 当初は自分の体でテスト撮影をしたが、これが酷くてとても見られたものでなく、まず見られる身体・晒される身体に長けている人を思って、伊逹に声をかけたのを覚えている。伊逹は作品の趣旨とまだ未分野の開拓であることをよく理解してくれ、毎回の撮影で見事にこちらの意図を越える動きを見せてくれた。本来ならステージを縦横無尽に踊ることが本分であるコンテンポラリー・ダンサーをわずか数十センチの狭い区切られた箱の中で踊って欲しいという演出に彼女は快く付き合ってくれた。学校の撮影スタジオに、箱の前や上にカメラを固定し、女子学生をアシスタントにして、伊達が裸体となって箱の中で演技するのを、サブでチェックしながら収録が行われた。舞台で見られることに慣れている伊達の動きが素晴らしく、ショットのほとんどが1~2テイクで追えることができた。彼女のパフォーマンスを彫刻のように標本箱に閉じ込めるような作業が何度か続いた。 制作と発表を繰り返す中で、身体と他のものの比較を試みたくなり、本や色の付いた日用品、コップ、金魚や蛇、昆虫も登場するシーンが付け加えられたバージョンが作られた。HDV版の《Living in the Box: Dimension》(2007-2013)の箱の構成はピート・モンドリアンのコンポジション・シリーズを参考にしたこともあって彩りが欲しくなったということだ。また最終的に箱を伊達麻衣子が大槌をもって、破壊するシーンが加えられて、2013年のバージョンが作られている。

  2007年当時のメモを見ると当時の時代の閉塞感や規制やシステムの確立と共に自由が奪われていく都市生活者の感覚を、箱と体のパーツに置き換えたと述べている。その当時でさえ既に日本のバブル経済崩壊後の不況が10年以上続いており、単純に政治・経済・文化的に閉じた状況が続いていたことを反映している。島国特有の保守的な側面を示しつつ、箱はまた記録メディアに閉じ込められる、死んだ情報としてのヴィデオ映像の際限なき再現という宿命も示している。(記録されたビデオテープは『再生』されて見ることができる)。

 区切られた箱は確かに近代が目指してきた効率化と合理性を象徴しており、その中に有機的な人間の身体がどのように配置され、のたうち回りながら生き残るのかを見ることができる。ヴィデオアートの文脈ではゲイリー・ヒルが筐体を外してブラウン管のみにした大小の画面に身体の部分を大写しにして並べた《Inasmuch As It Is Always Already Taking Place》(1990)を思い浮かべる人もいるかも知れない。ヒルが丸裸にされたCRTという機械と裸体を重ねたに対し、《Living in the Box》はもう少し身体をモノとして扱い、標本のように閉じ込めて蒐集する印象が強い。今年2月に亡くなったイ・オリョンに言わせるなら、前者は広がりを求めて身体がTVモニターという殻を破って出てきたように見えるのとは、対照的に後者の私の作品は空間的にも意識的にも縮みの志向を持っている 。

 2021年の《Knappe Beruerung》は一部にこの《Living in the Box》の撮影素材を使いつつ、基本的には中村麗の演奏姿を捉え、様々な形の箱の中に標本化するような試みとなった。ピアニストの労働である演奏姿を、いくつかのシークエンスに分解し、再構成する作品となった。コロナ禍で世界的に芸術家や音楽家の仕事がなくなったのに対し、ドイツのゲーテ・インスティテュートの「ヴァーチャル・パートナー・レジデンス」のプログラムによって三者の制作体制をとることができた。中村はフライブルクに、瀧と渡辺はそれぞれ日本の横浜と長野に居た為、2020年の暮れにオンラインの会議が持たれた。中村の主旨としては渡辺作曲作品に映像を付ける(その他中村のコラボレーション作品数作にヴィジュアルがつくというシリーズ)というものだった。

 渡辺は2007年の《Living in the Box: Specimen》を目黒美術館で見ており、それをテーマにした前出の作曲《Living in the Box II for piano》を作っており、その初演がZKMでの中村の演奏だった。こうしたプロセスを経て、今回は自作のヴィデオの実験が2007年にインスタレーション展示になり、その展示にヒントを得て2013年に現代音楽の作曲作品として演奏され、そしてまた2021年にその音楽作品にヴィデオをつけることになるという14年越しの円環として繋がった。コロナ禍で気分も落ち込んで、経済的にも厳しい生活を強いられていた自分にとって本当に嬉しく、アーティスト冥利につきるというか、コンセプトや形式が時を経て評価され、育まれていくことを改めて理解した。

 このような制作の背景もあって《Knappe Beruerung》は2021年に世界的起こったパンデミックの状況下で、感染症対策として自宅に閉じこもった体験を反映している。渡辺の作曲は、鍵盤に触れるか触れないかのぎりぎりの境界を扱ったもので、曲の時間軸の中で人間と楽器(インストゥルメント=装置)の接触について言及していた。COVID19は人と人との接触を断ち、空間的に隔離することを我々に強いた。感染症がもたらした分断は、加熱する情報化時代にぴったりでもともと情報へのアクセスの格差としてデジタル・ディバイドなる状況も生まれていた。合理化と効率性を探究するIT技術の根幹には、大型計算機としての黎明期のコンピューターのルーツに弾道計算や暗号解読、原爆開発のエネルギー試算、ユダヤ人排斥の為のパンチカードに至るまで、より早く演算・処理を行うことに起因している。作品ではそうした分断と効率性を冷静にみる視点から、合理性に捉われた身体が少しずつアンサンブルのように加算されて、最終的にはステージのようになり(この箱はベンサムのパノプティコンのように円柱の弧のように配置されている)ピアニストが陳列棚のような箱に囲まれていく様子と、終盤には落下するような旋律とともに箱が瓦解していく展開となっている。

  そして作品内の箱と箱の隙間には霧のような白い気体を流した。これは上述の「デジタル的な」区切りの外にアナログ的な世界、もっと有機的で人間中心のシステムがあることを示した1990年代の室井尚氏の構造主義批判の言説から着想を得ている。彼はその時点ですでに構造的な考えには限界があり、むしろ気象学のような構造を持つことなく複雑かつ自然モデルを参考にすることを薦めている。コロナのような大規模感染もまた室井氏の言うように、「デジタル的」には何ら読み解けないモデルの必要性を感じる機会となった。昨年地球温暖化の環境問題でノーベル賞を受賞した真鍋淑郎氏も、数理的なモデルだけではなく、物理的で複雑な自然モデルの総体として捉えて指摘したことが評価された。私たちの理性は今、過度な情報社会が形成する一種の閉じた空間からいかに人知を超えた自然的な存在をコントロールしようと理解するのではなく、むしろコントロールされていることに気づけるかどうかという観点で試されている。

絵コンテより
 コロナ禍の私たちの置かれた状況は、奇しくも2007年の拙作《Living in the Box: Dimension》の閉塞空間に閉じ込められた身体のようになった。そのような環境下の表現者三名が「ヴァーチャル・パートナー・レジデンス」のプログラムの形式を借りて、《Knappe Beruerung》は2021年1月―5月かけて行われた。まず渡辺の作曲を中村が演奏した仮の音声ファイルと楽譜を元に瀧が絵コンテを作成した。

 中村がドイツはフライブルクのラジオ局SWRのスタジオでピアノ演奏の録音を行った。その際筆者は現地に赴けなかったのでSWRの音響技師二人に詳細なカメラワークの指示を作り、演奏する中村を撮影してもらった。一見無謀な方法であったが音楽のプロモーション映像のようにスタジオ録音の後に、ミュージシャンが演奏の再演を収録するのではなくて、レコーディングそのものをドキュメントする意味で音声のレコーディングの場でカメラをまわしてもらった。楽曲は技巧が非常に難しいのでパート毎に録音され、なおかつ鍵盤に触れるか触れないかのぎりぎりの細かなニュアンスが必要だったので、この方法は非常に効果的だった。4KカメラとGoProを多用し、朝10時くらいから夕方まで撮影を行い、一部に別角度の映像を利用し、演奏の指と合わないテイクのものは時間調整を施した。ただし中村の演奏は毎回正確で、テイクは違えども演奏の尺は同じ、という恐るべき職人芸が記録されており、編集中何度も驚かされた。途中10分間でマイクスタンドや三脚が回りを囲んでいるグランドピアノをカメラマンが3週しなければならないカットもあり、恐らく自分でもうまく撮る自身のないカットもあったが、音声技師の二人はうまくこなしてくれた。

 送られてきた約50テイクに及ぶ総計1TBの動画ファイルからから、SWR側で作成した音声レコーディング版で採用された音を元に、OKテイクを選び出し絵コンテにあったシーンを足してゆく作業が一ヵ月ほど続いた。また箱の間にうっすら流れる霧の合成は一番地味で目立たない割に、非常に手間取った。舞台用のスモークマシンを利用したところ噴射の勢いがありすぎることから、一旦出たスモークをビニール袋に閉じ込め、箱と箱の間の空気の通り道を模したグリーンバックにアクリル板を置き、PC用のファンで排煙できるようにして霧がある程度の距離を通り過ぎるようにした上で、袋から少しずつスモークを押し出して調整して流した。まさに制御不能の気象学的で不定形な霧を何度も撮影した中から、いい流れのものを選んで合成している。

 前年度にコロナの給付金が入ったので4Kカメラと照明のセットと、使用PCのマザーボードと最新のSSDに取り換え、ソフトウェアも最新のクラウド版に更新できていた丁度のタイミングでこのコンディションでの初のプロダクションだった。スタジオレコーディングとしてパーツを作っては、音楽の時間軸に当て嵌めていく作業が2021年の4月~5月と続き、週の他の仕事をする2日を除いたほぼすべての時間をこの制作に充てることができた。

 

撮影素材が見れる-unplugged-
 元々のコンセプトの特異性もあって、単なる音楽プロモーション映像ではなく、実験的すぎる映像でもない、容易には形容できない映像になったのではないか。コロナ禍での制作だったことをうっすら仄めかしたかったため、よく目を凝らしてみると箱の中にこの期間よく見慣れたアイテムが写り込んでいる。また後日、撮影時の中村のパフォーマンスがよく確認できる映像を切り張りして、CG加工などがない《Knappe Beruerung -unplugged-》も制作した 。今回の制作により2007年の撮影テープをデジタル化することができた。これを元に要素をそぎ落とした4K版のディレクターズカットというべき《Living in the Box》(2007-2022)も制作され、ARTOSAKA2022のエクスパンデット部門として大阪の名村造船所跡地で展示された。この最終版で足掛け15年作り続けてきたシリーズに一旦の区切りがついたと考えている。