2019年5月20日月曜日

《トレジャー・ハンター》制作ノート

《トレジャー・ハンター》制作ノート
瀧健太郎

歴史的空間という舞台装置 
台北市公館近くにあるトレジャー・ヒル
屋外のマルチ・プロジェクションを利用したインスタレーション《トレジャー・ハンターズ Treasure Hunters》(台湾語表記:尋寶獵人)は、台北國際芸術家村トレジャー・ヒルの建築外壁の為に制作され、2019年3月30日から5月5日までの夜間に映像の投影がおこなわれた。筆者はこの半年前に台北國際芸術家村が運営するもう1つの台北中央駅近くに位置するアーティスト・インレジデンスに、2018年7月から3か月滞在した。その際には分断する世界の壁をテーマに、上下左右の物理的に間仕切りで分けられた複数の人物の営みを映像投影した作品《…的境界 Borders on…》(2018)を発表している。その展示を観た台湾國際芸術家村のディレクター、キャサリン・リー(李暁雯)から帰国前に光節で作品を展示しないかとの話を頂き、9月末にトレジャー・ヒルのロケーション探しを行った。

 トレジャー・ヒルは台北市西南部を流れる新店渓のほとりに位置し、第二次世界大戦後の1940年代後半に大陸から移り住んだ国民党系の退役軍人らが不法占拠した際に建てられた築70年を越える集落で、それ以前の1895年から50年続いた日本による統治時代には、軍部が水源を守る為に拠点を置いた場所でもあった。しかし経年による老朽化もあり台北市は一旦この地区の再開発も考えたが、建築的に意義があるとのことで2010年に芸術家村として維持・管理して利用されることになったという。 丘陵地帯に南北に長細く続く地形に、ひしめき合うように建てられたコンクリート造りの住居には、セルフビルドを繰り返したと思われる複雑な形状や突飛な位置の玄関や窓などがあり、細い路地や階段を通り抜けて辿りつく為、散策するだけでも非常に興味深い場所だ。


何を映し出すか
展示会場の外観
筆者の興味としては、2010年代から屋外でのヴィデオ・プロジェクターを利用したインスタレーションを制作してきたこともあり、このトレジャー・ヒルの建築ファサードを利用し、場と結びついた人々の営為を何らかの形で映し出せないかということにあった。それは通常の壁面投影やスクリーンへの上演ではなく、70年の歴史の上で形成されてきた凸凹の住居の改築や増築の痕跡を利用することで、経年や歴史的背景を作品に取り込み、あるいは自分の作品を現実的な空間と融合させるような試みを想定していた。

 会場視察の際に、このような考えを一番実現できそうだと考えたのが、メインの通りから細道を入ったところにある、トレジャー・ヒル内のクロスプラザ(十字広場)と呼ばれる一角であった。そこは不揃いな3階建ての建物で、2階に芸術家村の事務所と、2-3階には芸術家のスタジオ兼住居と、アニメーショの制作スタジオとして現在使われている。(正面2つの壁面には、裏側に入口のある2階の事務所からすると地階があるはずだが、入口も見当たらず、内側に何があるか不明なまま…)

 この展示の場所だけを半年前に決める形となって帰国の途に就き、2018年の年内に計画を構想していった。展覧会全体のテーマが”Land of Happiness”(幸福の世界)とのことだったので、歴史的な背景と、現代の中国覇権を巡る台湾の地政学的な位置づけや、水を始めとした環境資源を収奪しようとするグローバル企業の思惑も考慮し、「幸福」を求めて人物が3階建ての建物の壁面を登っていくシンプルなものを考案した。

検討用のドローイング
屋外でのこのようなインスタレーションでは、提示されるイメージだけでは、物語性や複雑なメッセージを込めることが難しい。というのも観客はもちろん展覧会の作品分布が示された地図やカタログを片手に、この作品を目指してくる者だけでなく、その多くはトレジャー・ヒルの散策しながら、ふとこの空間に辿り着く観光客も想定され、展示がそこにあるとは思っていない偶然の鑑賞者が考えられるからだ。彼らはそこに長くとどまることもあれば、ほんの数秒で通り過ぎてしまう場合もある。作品はいずれの場合の人々にも向けられるべきで、同じ映像でも映画のように起承転結や物語性を入れると途中の場面に遭遇した人には前後関係がわからず、ひと区切りが終わるまで「待つ」という鑑賞体験に1つの煩わしさを与えてしまう可能性がある。

そのような対応策として、筆者は横浜の黄金町で行った《invitation#1/#2》で3か所の投影が京急線の高架下に展開した際には、7分のダンサーの動きを繰り返し映し出した。等身大に見えるように身体を橋脚に映し出されたので、これは映画的な作品というより、常に上演されるパフォーマンスに近く、鑑賞者と作品が同じ現場にあるようにプロセニアムのない場面設定がなされている。これにより鑑賞者が物語性を時間をかけて読み取るのではなく、空間を瞬時に知覚し、場とイメージの関係性を直観的に感じてもらえるような効果が意図されている。人物のイメージを場へ焼き込み(スーパーインポーズ)させていることをみせたかった。

 とはいうもののこの形式にはまったく物語性がないかと言えば、そうではない。登場人物たちは彼ら独自の物語として、数分の間でも何かを実行し、一区切りの動きを終えることになる。

 台北での《トレジャー・ハンター》の場合は、20名ほどの人物を準備すれば、少しずつ人数が入れ替わっても、常に数人が3F建ての建物の6面を埋め尽くすことができるだろうと踏んで、構想された。登場人物が壁を前に演技し、常にいろんな場所で出来事を起こるような群像劇として、観客は1人の人物の動きを追ってもいいし、全体を動きのアンサンブルとして見てもいい、という大よその目論見が出来上がった。



現地との共同作業
 制作には撮影と設営の2回台湾に行く必要があるという筆者の要望に対し、主催者も応じてくれ、年明けからEメールを通じて綿密なやりとりが行われた。まずは登場するボランティア・アクターたちの募集が芸術家村のサイトやメーリングリストを通じて呼びかけられ、最終的に10代から40代までの男女22名の地元の候補者が名乗りを挙げてくれた。筆者は2月の半ばに再度台北を訪れ、朝10時から18時まで4日間に渡り撮影を行った。スタジオ内にスロープ状と垂直型の2つの壁面セットを用意し、それぞれグリーンバックと呼ばれる映像合成用に使われる布を設置した。
実際の投影場所をパフォーマーに説明し、演出中の筆者


 インターネットを通じて応募してくれた22名のパフォーマーは、それぞれ1時間半くらいの時間で動きを撮影した。集まったボランティア・アクターには、それぞれ「目の前の壁があるとき、どのように上るか」、「幸福を妨げるものにどう対処するか」、「あなたの宝物は何か」などの質問を投げかけ、彼らのアイデアを反映させた動きを30秒程度のシーンで演じてもらった。

 彼らの想像力を掻き立てるため、実際の場所を見せて、最上階をゴールと考えるとどこからどう上っていくかを相談し、各壁面ごとの動き・次のカットへの繋がりなどを考慮しながら進めていった。更に、ただ上り詰める成功パターンだけでなく、敵の攻撃やあるいは複雑な建築構造を登り切れずに落ちるパターンも撮影した。それぞれ自分なら、こう登っていくなど即座に答えてくれ、また宝物として答えてくれたのも、金銭的なものから、家族といったものまでいろんなパターンを引き出すことができたので多様な展開ができることになった。彼らのほとんど英語ができたので(中には流ちょうな日本語を話す人も)、理解がはやく、即興的に面白い動きを考えて演じてくれたので、全員分の撮影カットを使うことに決めた。

 この作品にはトレジャー・ヒルの建築の特異な形状の壁面を登っていくアイデアから、任天堂による「マリオブラザーズ」「ドンキーコング」といった初期のTVゲームの固定空間のステージを登って攻略する要素を思い描いていた。その為インタラクティヴ性はないものの、プレイヤーを妨げる象徴的な「敵」キャラクターが必要であり、当初はそれに歴史的な背景から日本兵や中国軍の兵士を仄めかすシルエットを映そうと考えていた。ちょうど2階にあたる芸術家村オフィス部分には広い窓がリノベーションによって取り付けられていたことと、この窓に向かって室内で打合せ用に使うヴィデオ・プロジェクターが備わっていたため、これを使わない手はないと考えた。既に屋外用に5台のプロジェクターを必要としておりそれ以上機材を増やすことができず、このオフィス内機材も稼働させることにした。

 主催者側から日本兵のキャラクターなどは、やや具体的すぎるかも知れないというので、アニメーション表現を使って、現代人の幸福を妨げそうな5つの敵キャラクターをシルエットで交互に映し出した。設定したキャラクターはそれぞれ死を意味する「骸骨」、男性中心主義と抑圧を示す「筋肉男」、不寛容で一元的な官僚制を示す「スーツの男」、因習とオカルト的な「魔女」と、A.I.など近い将来に人の職場を脅かすかも知れない「ロボット」が、彼らに因んだ道具、毒りんごや歯車などを、登場人物たちに投げつけるようにした。

構成検討用の動きのスコア
2月の撮影から帰国後さっそく編集作業に入るも、ボランティア・アクターたちの撮影カットは1人15~20カットあり、全体で400カットにも及んだ。その中から成功パターンと失敗パターンの2種類を選択し、人物だけを切り抜き、背景が黒になるように操作していく。また服の色が背景に沈んでしまう場合は色合いや輝度を調節していった。

 展示会場で観客は実際9分弱の映像の繰り返しを体験するのだが、実際は6台のプロジェクターにそれぞれ9分ずつあるので、約1時間分の映像素材を作らねばならない。6つの時間軸がパラレルに展開するので、スコアのようなものを作ってはじめたが、作業の最後には、全体のタイムラインをコンピューターの画面上で一括して俯瞰できるようにし、何が起こっているかの相関をみながら、映像のカットを抜き差ししていった。この作業は映像作品を作るというよりは、何か舞台の演出かあるいはオーケストラの指揮をするような感覚に近かった。朝8時くらいから作業をはじめ、夜10時くらいまで続け、それでも画像処理に時間がかかり、コンピューター2台を駆使して最終的に1ヵ月ほどを要した。


壁を巡るゲームの構築
設営機材はすべて防水仕様に
3月の半ばに設営作業のため再び台北を訪れた。設営業者にはプロジェクターの天吊り用の台と屋上に設置するプロジェクターの風雨除けの屋根部分だけをお願いし、それ以外の作業は即興的にやる必要があるため、主宰側のインターンやスタッフと筆者とで制作していった。展示期間の1ヵ月間、屋外での投影を行う為、機材を風雨から守らなくてはならず、また音声の為のケーブルや電源についても考えなくてはならない。スピーカーはタッパーと撥水生地を利用し、簡易の防水スピーカーを5つ制作し、それぞれの壁面近くに目立たぬように置いた。3階部分の壁面の映す映像は、手前の2階建てのスタジオの屋上部分に、プラスティックケースを利用した全天候のプロジェクターのケースを作成した。前者のパーツは光華国際電子廣場という台北の秋葉原のような場所で細かな電子パーツやネジ類に至るまで現地調達して制作した。

建築物への設置の様子と台北の電子パーツ店
黒バックの人物像を壁面にちょうど等身大になるように映し出され、観客にどこからが映像のフレームなのかが一見してわからないようにしている。また同時に被投影体である建築が物理的なフレームとして意識されるよう演出した。

 途中、雨天で作業が滞り、また筆者が蚊のアレルギーで体調を崩すこともあったが、展覧会の記者会見前日までに完成をみた。展覧会「野景― A Land of Happiness」は、中国の新年である春節を終わらせる灯篭祭りに因んで、昼から夜の22時まで毎日、光にかかわるアートを夜間に行うものだった。初日のオープニングのイベントには5千人を越える来場者があり、以降も平日で平均8百人、週末は2千人に及ぶ観客があった。筆者以外には日本からは磯崎道佳、スペインからOlga DIEGO、郭奕臣、人嶼ほか台湾の現代アーティストなど、総勢13のプロジェクトが同展に出品していた。

 筆者はこれまでも何度か屋外にヴィデオ・プロジェクターを利用したインスタレーションやパフォーマンスを行ってきたが、投影の範囲と演出面の複雑さを鑑みると、今回ほど大掛かりなものを手掛けたのは、はじめてとなった。場の特異性を生かしたインスタレーションを制作することは、その場所の経年や歴史と少なからず向き合い、またホワイトキューブという加護の無い場所に設置することは挑戦的な試みである。これに加えて従来のフィルムやヴィデオに付随した画面の境界としてのフレームの問題を、本作では現実世界の生きづらさや困難さと重ね合わせるという1つの実験的な挑戦であった。




完成した屋外の投影型インスタレーション
「トレジャー・ハンターズ」とは幸福を目指すために様々な努力をする現代人を代表しており、それらには誰もが上り詰めていけるという平等意識と、一方で機運により取捨選択される不条理さという、矛盾が渦巻く現実世界を象徴させたつもりだ。我々は意識的・無意識的に関わらず他者を蹴落とし、自らを高みへと移行させようと努めるよう社会的に強いられていると言える。それは現代の過熱した資本主義社会が、我々の競争原理をも加速させている結果なのかもしれない。そのような現代人の幸せに対する営為と、世界で林立しつつある壁の問題を縮図化させる形で、歴史あるトレジャー・ヒルの一角に夜の数時間のみ集団的な場への書き込んだことが、現代人の矛盾についてほんの少しの間でも考え、記憶に刻まれればと願う。

 出演してくれた22名の皆さんには自身の演技が場所と重ねられるという特異な体験をしていただき、そのような体験を共有できたことを嬉しく思う。主催の台北國際芸術家村のディレクター李暁雯、キュレーターの李依樺、担当だった鄭名均ほかスタッフやインターンの皆さんにこの展覧会の機会を作ってくれたことに感謝の意を述べたい。次回作は未定だが、この経験を活かし、しばらく場と人々のイメージを投影する試みを続けていきたいと考えている。


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